【ヒトとトキ♯01】サインコサイン代表・加来幸樹さん「時間は有限。だからこそ、可能性は無限大」

その業界の第一線で活躍する仕事人の時間術・仕事術をお伺いする企画「ヒトとトキ」。記念すべき第1回目は、サインコサイン代表の加来幸樹さんにご登場いただきます。

 

「30分で“それだ!”感のあるネーミングを考えます」――。デジタル広告を中心にデジタルマーケティング支援を手掛けるセプテーニでクリエイティブディレクターとして働き、 2014年に社外活動としてネーミングを考えるサービスを始めた加来さん。それが大きな反響を呼び、グループ内ベンチャーの立ち上げにつながりました。社外活動や事業立ち上げを機に時間の使い方が大きく変わったと話す加来さんに、会社設立のきっかけから、タスク管理方法、忙しい中での時間の使い方までお聞きしました。

個人の時間を売り買いできる「タイムチケット」が会社設立のきっかけに

 

――現在のお仕事の内容を教えてください。

加来幸樹さん(以下、加来さん) “自分の言葉で語るとき、人はいい声で話す。”という理念のもと、株式会社サインコサインという会社を経営しています。企業や個人の“覚悟の象徴”となるようなネーミングや理念、ミッションやタグラインを、クライアントと会話しながら制作しています。

――元々はセプテーニでクリエイティブディレクターをされていたのですよね。なぜ起業することに?

加来さん きっかけになったのは、「タイムチケット」という個人の時間を30分単位で売り買いできるサービスで、ネーミングを考えるチケットを販売したこと。僕は芸術系の大学を出た割に絵心がなくて、「言葉で勝負する」ことに関心があったんです。本業ではネーミングに携わる機会がなかったので、プライベートの時間で挑戦することにしました。

 

加来さんのタイムチケット/画像はタイムチケットの加来幸樹さんのページより

 

――そうなんですね。実際に「タイムチケット」でサービスを始めてみてどうでしたか?

加来さん これが思いのほか好評で、ネーミングはもちろん、ブランドのタグラインから個人のあだ名まで、多種多様な依頼をいただいたんです。そのうち、社内でも新規事業のコンセプトやグループのスローガンなどを相談されることが増えてきて、「みんなアイデンティティを言葉にすることに困っているんだな、ニーズがあるのかもしれないな」と感じました。

もうひとつ、タイムチケットをやってみて気づいたのは、「僕だけじゃなくて依頼してくれた本人も一緒に考え尽くしてヘトヘトになっているときに良いアイデンティティが生まれるな」ということ。僕の価値は、クリエーションではなくファシリテーションの方にあるんじゃないかと気づくきっかけになりました。

広告よりももっと根本的なアイデンティティの部分を、クライアントと一緒につくる。そういう会社があってもいいんじゃないかと考え、セプテーニグループの新規事業プランコンテストに応募して会社を立ち上げました。

――仕事のどんなところにおもしろさを感じていますか?

加来さん 相手にとって一番大事な本音や覚悟を聞かせてもらえるところですね。僕はそれでお金をいただいているけど、逆に僕がお金を払ってもいいと思うくらいの刺激やインプットになっていて。「いい声」で生きる人が増えるのは単純に喜ばしいことですし、そこに関与できるのは幸せなことだなと思っています。

 

Work」と「Life」を区切らず、予定を柔軟に組み替える

 

――そんな加来さんの1日と1週間のスケジュールを知りたいです! タイムスケジュール表を用意したんで、ちょっと書いてもらえますか? 

加来さん 1日のスケジュール……難しいですね。日によってだいぶ違うので……。たとえば、朝の8時半から9時は子どもを保育園に連れていくという、僕の数少ない(笑)家事・育児の時間です。そのあと日課の筋トレや運動をして、10時から19時くらいまでは仕事。その後は人と会ったりお酒を飲んだり、映画を見に行ったり、身体のケアをしたり。深夜は家で妻と話をするか、漫画を読むなどして、3時くらいに寝ることが多いですね。

 

 

加来さん ……と書いてみたけど、やっぱりなんか違う気がしてきました(笑)。10時〜19時の間に髪を切りに行ったり運動したりすることもあるし、逆に忙しいときは朝や夜に仕事をすることもあるし、本当に日によってバラバラで。こうして見ると、線にも迷いが表れていますね。なので、ちょっと書き直してみてもいいですか?

――おお! もちろんです。

 

 

加来さん んーっと、こんな感じはアリですか? でも本当に書いた通りなんですよ。区切らないからこそ柔軟に予定を組み替えることができるし、そこに自分のこだわりがある気がします。週間のスケジュールを書いてみると、よくわかると思います。こんな感じかな。ほら、日によってバラバラでしょ?

 

 

――本当ですね。とはいえ、「これだけは欠かさない」という行動はないですか? 1日のルーティンのような。

加来さん そうですね。朝に青汁を飲むことくらいですね。健康のために。

――運動もされているようですし、健康に気を使っているんですね。

加来さん はい……ただ、青汁を飲むことと運動だけは最低限やって、それ以外すべてが不健康という感じかもしれませんね(笑)。

 

2分以内でやれる作業は、“すぐやる”

――ミーティングなどのスケジュール管理や、タスク管理にはどんなツールを使っているんですか?

加来さん スケジュール管理はGoogleカレンダーをベースにしています。理由は単純で、グループ会社全体で使用しているから。あと、Googleが好きだから(笑)。タスク管理には「Things」というアプリを使っています。

 

 

社会人になって最初の頃の上司に、GTD(Getting Things Done)というタスク整理術を教わりました。簡単に言うと、頭の中にあるものを一旦全部リストとして書き出して整理し、いま着手すべきタスクを実行するというものです。ポイントは、「2分以内でやれるものはすぐやる」こと。その上で、スケジュールが迫っているものや重要度の高いものなど、優先順位を決めていきます。

この考え方を自分流にアレンジして、Thingsを使ってタスクを振り分けたり更新したりしています。

 

「肩書きが外れる時間」を大事にしている

 

――1週間の中で、大事にしている時間はありますか?

加来さん 最近は世の中の状況もあって行けていない部分はありますが、1人で飲みに行ったりして、初対面の人と何気ない会話をする時間ですね。というのも、「肩書きが外れる時間」が僕の中ではとても重要だと思っていて。

――肩書きが外れる時間、というと?

加来さん ちゃんと「加来幸樹」でいたいんですよね。社長とか、父親とか、夫とか、そういう役割も大事だけど、それだけが自分だと思う人生ほどつまらないことはない、と感じていて。

飲み屋で隣り合った人とか、直接的なステークホルダーではない人と会話する中で、「こういう言い方だと伝わるんだな」「自分の仕事にはこういう価値もあるんだな」などと気づいたり、確認したりできる。そういう時間を大事にしています。

 

目指すのは、「0秒納品」

 

――そういう時間はどうやって確保していますか? 

加来さん 普通だったら、「週に1回はそういう時間を取ろう」とか「何曜日の何時からはこの時間」と決めてバランスを取るのかもしれません。でもそう思っていても、緊急性の高い仕事が入ったり、何かハプニングが起きたりして、結果として本当に大事な時間が取れない、ということって多いんじゃないかと思っていて。

――あぁ、めちゃくちゃありますね、そういうこと。

加来さん 僕はいま、曜日や時間にこだわらず、やりたいと思ったときにやるようにしています。そうすると、「最近やりたいことができていないな、豊かじゃないな」といったストレスを感じることなく仕事に集中できるし、「今日は19時から知人の舞台鑑賞に行くから、それまでにこの仕事を終わらせるにはどうしたらいいだろう」などと工夫するようになる。

その結果、言葉のアウトプットを生み出すスピードはクリエイターとしてかなり進化している気がします。オカルトのように聞こえるかもしれないけど、究極的には「0秒で納品すること」を目指しているんですよ。

――えっ。0秒ですか……!?

加来さん 相手に会った瞬間に、コピーを思いつくような。当然そんなことはないんですが、それくらいの気持ちでいます。

セプテーニで働いていたときに良い仕事をするにはその分たくさんの時間をかけなければならないという思い込みのようなものもあったかもしれませんでも、タイムチケットを通して「30分で成果を出す」経験を重ねて、それまで当たり前だと思ってきた仕事の進め方に疑問を抱くようになったんです。このやり方は本当に生産的なのだろうか? 短時間で良い仕事をすることって本当に不可能なのだろうか?  と。

「この時間で完結させる」というこだわりや意識を持つと、そのための能力が伸びたり、手法を思いついたりします。それが僕なりの仕事術・時間術なのかな、と思います。

 

人に会う時間の質を、どれだけ高められるか

 

――でも、そういう意識を持っていても、なかなか実現するのは難しい気がしてしまいます。

加来さん この手の仕事で時間を取られるのって、リサーチをしたり資料をつくったりする作業です。まだまだそういう時間はかかっているけど、それよりも「人に会う時間をどれだけつくれるか」「その質をどれだけ高められるか」を大事にしています。

だから、僕は何でもかんでもオンラインに移行することに懐疑的な部分もあるんです。目的に合わせて時間の質を高めようと思ったら、あえて対面で話したほうがいい場面もあるんじゃないか、と。

実際にいま、完全にリモートワークに移行した人がさらに忙しくなっているように感じます。効率が良くなったように見えて、実は短縮できたのは移動時間だけで、会議の時間や回数は増えているんじゃないか。その準備のために情報を集めたり資料をつくったりする手間が余計に増えているんじゃないか。そんな落とし穴があるような気がしています。

――たしかに、「リモートで逆に忙しくなる現象」、ありますね。ちなみに加来さんは「この時間で完結させる」というこだわりを持つことによって、それまでと比べてどれくらいパフォーマンスが向上しましたか?

加来さん ーん……同じベクトルで進化をしたというよりは、ゲームのルールを作り直した、という感覚なんです。テクニックを磨くことや手段をアップデートすることももちろん大事だけど、その前提となる価値観がシフトすることがまず大事、というか。

セプテーニでクリエイターとして働いていた時代は、僕の中で、業界の中で抜きん出ることや、競争に勝つことがどうしても重要な価値基準としてあって。時間の使い方もそれに連動して、「誰よりも早く来て誰よりも遅く帰る」競争になっていた部分があったように思います。

いま僕が重視しているのは、「肩書を取っ払ったときに自分でいられるか」「どういう時間の使い方ができていたら自分は幸せなのか、豊かだと思えるのか」ということ。それを実現しようとすると、「やりたいときにやるべきことをやる」ほうがバランスが取れるし、その上でステークホルダーの期待を超えるためには、より短い時間でより高いパフォーマンスを出せるようにならないといけない

これって単純に、従来の仕事の仕方と比較してパフォーマンスが何倍になったというよりも、勝利条件も制約条件も違うゲームに自ら移った、という感じなんです。

 

時間は有限。だからこそ、使い方は無限大

 

――加来さんのような仕事をしたい方に向けて、「時間の使い方」のアドバイスをお願いします。

加来さん 「常識を疑え」でしょうか。これまで話してきたことと重なりますが、自分がいる業界や会社で常識とされている考え方ってあると思うんです。「企画書は1時間で完成するはずがない」とか、「こういうプロジェクトなら4〜5回は打ち合わせしないといけないだろう」とか。それに対して、「本当にそれって必要なんだっけ?」と疑ってみる。

反対に、「この程度のプロジェクトで顔合わせなんて必要ない」とか、「スライド1枚にこんなに時間をかけちゃいけない」といったことに対する疑いを持つことも大切です。時間をかけることが必要なときもある。要は、本当に大事なところに時間をかけられるように、そのほかの部分を効率化していくということですね。それは、常識を疑うことから始まるのだと思います。

――最後に、加来さんの「時間との向き合い方」を、一言で表していただけますか?

加来さん 「時間は有限。だからこそ、使い方の可能性は無限大」。こちらでいかがでしょう。

――素晴らしいです。この時間に話していただいたことがキレイにまとまっていますね。加来さん、お時間をいただきありがとうございました!

 

 

Profile

加来幸樹(かくこうき)

1983年福岡県生まれ。九州大学芸術工学部卒業。2006年にセプテーニに新卒入社し、デジタルマーケティングのクリエイティブ領域を中心に様々な顧客の課題解決を支援した後、2018年にサインコサインを設立。「自分の言葉で語るとき、人はいい声で話す。」という理念のもと、企業理念や個人理念、ブランドのネーミング・タグラインなど覚悟の象徴となるアイデンティティの共創を通じて価値提供を行う。また企業と個人それぞれの理念の重なりの認識を通じた、より良いパートナーシップの動機形成にも取り組んでいる。
https://www.signcosign.jp

 

撮影/武石早代 取材・文/飛田恵美子