【ヒトとトキ♯08】小学館の漫画編集者・豆野文俊さん「無駄な時間だって、必ず成長に繋がる」

31歳の時に株式会社小学館に中途入社して『週刊ビッグコミックスピリッツ』編集部に配属され、未経験ながらもさまざまなヒット作を生み出してきた漫画編集者の豆野文俊さん。現在は同誌の副編集長として、管理業務を務めながらも複数の作家さんの連載を担当し、その合間には新連載準備と多忙な日々を送っています。そんな豆野さんに仕事や時間の使い方を伺うと、漫画編集者ならではの時間に対する意識が垣間見えました。

「めちゃめちゃ楽しい」と断言する漫画編集者の仕事

 

――まずは、現在のお仕事内容を教えてください。漫画編集者さんがどのようなお仕事をさているのか気になります!

豆野さん 連載中の作家さんとのやり取りと、新連載の準備、副編集長として校了時にほかの担当者の漫画をチェックすることですね。

連載中の作家さんとのやり取りは、内容の提案やスケジュール調整、メンタルケアなどなど。編集者は作家さんの足りない部分を補佐する役割で、あくまで裏方。面白い作品を作るために、いい大人たちがああだこうだと一生懸命話し合いながら奮闘しています。

 

 

――新連載の準備とはどういったことをされているのですか? 

豆野さん 僕がいる『スピリッツ』編集部は、青年誌といわれるジャンルですが、少年誌に比べると、エピソードにリアリティをもたすため、人生の哀愁や心の繊細な動きがわかる人のほうがいいので、作家さんの年齢が高くなるんです。そのため、デビュー実績がある人をほかの編集部からヘッドハントして、連載をお願いすることも多いんですよ。

新連載を立ち上げるためには、まずは自分が組みたい作家さんを探し、会うことから始めます。その際は、その作家さんでヒットしそうなネタを3つほど準備し、アタック。先方に気にいっていただけたら、漫画を描くために必要な知識を得るために取材します。

ジャンルによって取材せずに進める漫画もありますが、僕が携わる漫画はほぼ取材ありき。取材をすることで、読者の心を動かせる具体的なエピソードが描けるんです。

――そうして生み出された作品が売れた時には、言葉にならないものがありそうですね……。 

豆野さん そうですね。誰も見たことがないけど、絶対みんなが感動する作品ができたときは、胸がいっぱいになります。めちゃめちゃ楽しい仕事なので、なれるなら絶対になったほうがいいですよ。僕は小学校の卒業アルバムで将来の夢をテレビ局のプロデューサーと書きましたが、いまはまあまあ近いことをやれていると思います。

オンラインで効率化。それでも多忙な漫画編集者のスケジュール

 

――漫画編集者さんはハードなイメージがありますが、豆野さんの1日と1週間のスケジュールを知りたいです。タイムスケジュール表を用意したので、書いていただけますか?

豆野さん 漫画編集者のイメージが悪くなっちゃうかもしれないですが、大丈夫ですか(笑)?

――ぜひお願いします(笑)。 

豆野さん わかりました(笑)。僕は週刊誌なので、基本の流れは毎週同じですが、だいたいこんな感じです。

 

 

――スケジュール管理はどうされているのですか? 

豆野さん 「Refills Lite」というスケジュール管理アプリの有料版を購入し、これで管理しています。

――どんなアプリなんですか? 

豆野さん システム手帳をそのままアプリ化したようなフォーマットで、日、週、月ごとのスケジュールを細かく管理できて。一覧でいろいろ見られるのですごく楽で、使い続けています。タスク機能やアラーム機能などもありますよ。

 

 

――便利そう! 基本、手帳ではなくやはり今はデジタルなんですね。漫画だと紙のイメージが強いですが、校了作業などもデジタル化が進んでいるのですか?

豆野さん そうですね。特にコロナ禍でだいぶ進んだ気がします。ゲラやネームもPDFでのやりとりですし、作家さんとの打ち合わせもオンラインですることもありますね。

 

 

――21時以降にある作家さんとの打ち合わせや取材は、やはり飲み会の場だったりもしますか? 

豆野さん 今はコロナ禍ですから会社の方針でリモート打ち合わせを推奨していますので、そうとも限らないです。飲み会とかは、取材してから、懇親会的に食事をするとか。たとえば先日、「ぴえん女子」の取材と撮影をしたんですが、資料写真の撮影をしたあとに、食事をしながら話を聞いたりとか。

――単純に女の子としゃべりたいからという理由ではないですよね(笑)?

豆野さん ははは、全然ないですね(笑)。ないと思いたい……。

――(笑)。でも、そうやっていろいろな方にお会いできるのは楽しそうですね。いろいろな体験ができそう。 

豆野さん そうですね。けど、そういう取材対象者を見つけてくるのは本当に大変で。ライターの先生やSNS知り合いの知り合いなど、さまざまな人脈を駆使します。ヤクザものの作品に携わると、怖い方々に取材することもあります(笑)

インプットの時間も趣味の延長線上

 

――取材によっては土日もお仕事が入りそうですが、お休みはありますか?

豆野さん もちろんオフはありますよ。作家さんによりますが、いま、土日はあまり仕事が入らないですし、入ったとしても23時間で終わります。昔は飲み会が入ることもあって、そのときは家族に申し訳なかったですね。日曜から明け方45時にフラフラになって帰ることもありました(笑)。

――奥さんに怒られませんか?(笑) 

豆野さん 同業者なんですよ。やさしくされると、かなり申し訳ない気持ちになります……(笑)。 

――月曜の朝はテニスをされているんですね。

豆野さん 趣味のテニススクールに通っているんです。僕はもともとサーフィンをしていましたが、妻がテニス好きで、共通の趣味を作ろうと思い一緒に始めたのですが、妻が辞めてしまって。僕は1人で残っていて、いまはマダムに混じってスクールを受けています(笑)。

――そうなんですね。でも、そうやって奥さんと共通の趣味を持とうとするのは素敵ですね。インプットの時間とありますが、どういったことをされているのですか?

豆野さん 映画やドキュメンタリーを観たり、小説を読んだりしています。あと、移動中はラジオを聴くことが多いですね。『テレフォン人生相談』(ニッポン放送)や、有吉弘行さんの『SUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN系列)などをよく聴きます。リスナーのいろんな人生が知れるので、勉強になるんです。僕は取材やインプットの時間も趣味の延長線みたいな感じですね。

――漫画編集者の仕事は、基本、作家さんとの仕事が多いと思いますが、編集部メンバーとのコミュニケーションはとられているのですか?

豆野さん コロナ禍でなくなってしまったので、それを何とかしないなといけないと思い、最近ワークショップを立ち上げました。週に2時間ほど、若い編集者に漫画の作り方を教えています。

――受けたい方、すごく多そうですね!

豆野さん 自分で言うのもあれですが、結構タメになると思いますよ(笑)。

好きなことなら時間がかかってもストレスに感じない

 

――これだけさまざまな業務を抱えていると、自分がやっていることがわからなくなりそうですが、取りこぼさないようにするための秘訣はありますか?

豆野さん 僕、メモ魔なんです。思いついたら、すぐスマホのメモ機能にメモを取りますね。例えば、次会う作家さんに提案したいシーンや、オススメされた映画、おいしいと言われたレストランなど、片っ端から書き留めています。見ても自分しかわからないものですが、見返すと役に立ちますね。このメモがなかったら、仕事が回らないです。

――なるほど。メモは大切とよく言いますしね。スケジューリングの立て方で意識されていることはありますか? 

豆野さん 作家から来たメールはできるだけすぐ戻すことですね。僕は作家さんのスケジュールありき。24時間体制で、作家さんのネームが何時にこようが、どんな状況でこようか、すぐ返します。必ずそれはやっていますね。 

――取材中や打ち合わせ中もですか? 

豆野さん ほかの作家さんと取材中の時は、「今打ち合わせ中なので2時間後に返します」など戻す時間をすぐ報告します。ある作家さんに、「ネームを送ったときの作家は、うんちをしたのにケツを拭いていない感じ」と言われて、「それは大変!」と思って(笑)。それからすぐ返すようになりました。

 

 

――確かにそれは大変ですね!(笑)。豆野さんにとって、仕事時間との付き合い方をひとことで言うと?

豆野さん 僕は、好きなことは時間がかかってもストレスに感じないんです。好きなことだと、つらくなくて。もちろん嫌な仕事もありますが、僕はいまの仕事内容にすごく恵まれてると思っています。出来上がったものを読んだときは感動的ですし、気の合う作家さんだったら打ち合わせからものすごく楽しいです。

——最後に、豆野さんのような漫画編集者になりたい方に向けて、時間の使い方のアドバイスをお願いします! 

豆野さん 銀座の有名寿司店「すきばやし次郎」の寿司職人・小野次郎さんが、「無駄が極上を生む」とおっしゃっていましたが、まさにそうだと思います。

漫画編集者は、自分で手掛けた漫画が売れなければ、ただただ先輩に食わせてもらっているだけの時間が続きます。自分もずっと担当作が売れなくて、あがいていて。だけど、それは一見、無駄な時間に見えるかもしれないけど、その時間に自分が努力すれば、成果がその時見えなくても着実に変わっているんです。「いつか見てろよ」という負けず嫌いの精神があると、無理な時間がひっくり返る。悔しい思いが未来を作ると思うので、「無駄な時間」を無駄にしないでほしいです。

――金言ですね。胸に刺さります。豆野さん、今日はありがとうございました!

 

Profile

豆野文俊(まめの ふみとし)

1975年生まれ、愛知県出身。カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社に入社し、TSUTAYAフリーマガジンVA編集長などを経て、31歳で株式会社小学館に中途入社。『週刊ビッグコミックスピリッツ』編集部に配属され、漫画編集者として従事し、『バイオレンスアクション』『健康で文化的な最低限度の生活』『ミンゴ』『月曜日の友達』『世界はボクのもの』『4分間のマリーゴールド』『僕はコーヒーがのめない』などを手掛ける。現在、『九条の大罪』などを担当中。

週刊ビッグコミックスピリッツ:https://bigcomicbros.net/spirits/
豆野文俊さんTwitter:https://twitter.com/mame_sprout

 

【豆野さんが編集を担当する『九条の大罪』3巻が、2021年8月30日(月)に発売!】

 

 


撮影/酒井恭伸

取材・文/高山美穂