2019年に博報堂から独立し、onehappy_を立ち上げたアートディレクターの小杉幸一さん。グラフィックデザインやブランディングだけでなく、テクノロジーを活用したイベントやアパレルブランドとのコラボレーションなど、従来の型にはまらない広告クリエイティブを次々発表しています。
その業界の第一線で活躍する仕事人の時間術・仕事術をお伺いする企画「ヒトとトキ」。今回は、広告業界を牽引する小杉さんにご登場いただきます。
「プロセスすべてがデザインだ」と教わった新卒時代
————世の中で話題となる仕事を次々と手がけている小杉さんですが、博報堂に入社してから4年間は下積み期間だったそうですね。
小杉幸一さん(以下、小杉さん) 佐野研二郎さんのもとで仕事をさせていただいたんですが、「4年間は自分でやるな」と言われました。少しずつ同期がひとりで仕事を任されるようになっていって、焦ったり羨ましく思ったりもしたけど、佐野さんは「足腰ができていないうちに走り出すと故障する」「ひとりの仕事を見ていれば、自分はこうしたいという軸が出てくるから、4年間は自分のところにいろ」と。その言葉を信じて、会社ではずっと佐野さんについてきました。
あ、でも、下積みと言っても、いきなりソニーのPSPのような大きな仕事に関われて、僕としては「えっ最初は便所掃除からとかじゃないの!?」という感覚で(笑)。デザインの提案もバンバン求められたし、スピード感がすごくあって、楽しかったです。
———当時のことで、印象的だったことはありますか?
小杉さん 佐野さんからは、ポスターのような成果物だけではなくて、それができるまでのプロセスすべてがデザインなんだ、と言われました。「バイク便でこれを送っといて」と指示されたときに、すぐ送るのか、いまやっている仕事を片付けてから送るのかという時間の組み立て方もデザインだし、挨拶や電話での応対もデザインだと。
————え、そうした事務的なことも?
小杉さん そうです。ちょっとした話し方や段取りもデザインとして捉えてみると、クライアントが自分の意図を喋りやすくなったり、印刷会社とのやりとりがスムーズになったりする。すべてはデザインのアウトプットにつながっているんですよね。佐野さんのコミュニケーション能力や人間力みたいなものに圧倒されました。
————入社5年目のときに、JAGDA新人賞を受賞されていますね。
小杉さん 佐野さんと日々仕事をするなかで膨大なインプットがあったんですが、アウトプットしていかないと身につかないと思ったんです。プライベートでどんどん作品をつくっていって、それを応募しました。
デザインって答えがないし、評価が難しいものですよね。賞を受賞することで、周囲から「こういう作品をつくってこういう賞を取ったということは、こういう仕事が頼めるかもしれない」と思ってもらえるようになった気がします。アートディレクターとして、社内で仕事を頼まれることが増えました。
————2019年、39歳のときに独立されていますね。なぜ独立しようと思ったのですか?
小杉さん 独立することを「成功像だ」と思っていたわけではないし、ずっと博報堂にいてもよかったんです。才能ある先輩や後輩と一緒に仕事をする“仲間感”のようなものは大好きだし、不満はありませんでした。でも、大きな会社の中にいるとできない仕事というのがどうしても出てきて。クリエイターとして、自分だからこそできる仕事に挑戦したいと思って独立しました。
ただいまワンオペ育児中。個人の時間がなくても、あまり気にならない
————さてさて。そんな小杉さんの、1日のスケジュールを教えてください。
小杉さん 最近のスケジュールですか? 実はいま、ワンオペ育児中なんですよ。妻が切迫早産で入院していて、この2カ月は2歳の娘と2人で暮らしているんです。だから結構余裕のないスケジュールで……。
————それは大変ですね……。でも、ぜひそのリアルな部分をつまびらかにしていただけたら。
小杉さん わかりました(笑)。まず、朝6時に娘が起きて、起きた瞬間から「トトロ観たい」とか言われながら、着替えさせて朝ごはんを食べて、8時前に保育園に送ります。そこから18時まで仕事をして、迎えに行って、19時から晩御飯とお風呂。20時から1時はまた仕事をします。あ、あと朝と夜に犬の散歩。
小杉さん 改めて見るとめちゃくちゃつまんない1日だな……。こんなんで本当に大丈夫ですか?
————大丈夫です! むしろリアルです。でも、仕事と家事育児ばかりで、個人の時間が全然ないですね。犬の散歩が息抜きになっているのでしょうか?
小杉さん いえ、犬の散歩はただの義務です(笑)。個人の時間は……なくてもあまり気にならないんですよね。いまってよく「オンとオフの境目がなくなってきた時代」なんて言われますけど、僕もそんな感じです。
————週間スケジュールはどんな感じですか?
小杉さん 撮影が1日入ったりしますが、だいたい毎日、1日のスケジュールで書いた感じと一緒です。おもしろみのないスケジュールですみません…。
————とはいえ、長い時間働いてますよね。ご自身でこれを見て、「働きすぎだな」とは思いませんか?
小杉さん いや〜、だって、夜眠る時間が確保できていますからね。会社にいたときは明け方まで仕事して、ちょっとだけ家に帰るような生活でしたから。その頃に比べれば、全然。
————子どもを寝かしつけてから仕事モードに気持ちを切り替えるのは大変じゃないですか?
小杉さん 切り替えはそんなに苦にならないけど、一緒に寝ちゃって、夜中に「やっべっ!!」って起きることはしょっちゅうです(笑)。
————なかなか寝てくれなくてイライラしてしまうことは?
小杉さん あります! でも、子どもがいる方はわかると思うんですけど、こっちが「早く寝ろよ」ってイライラしていると、余計に時間がかかるんです。長期的に見ると、機嫌良く過ごしてもらったほうが早く寝てくれるんですよ。そうしないと自分が破滅するから、穏やかに見守っています。
大事にしているのは、ちゃんと体験すること
————インプットはいつされているんですか?
小杉さん 日中に本屋に行ったり、0時から1時くらいの時間に映画を観たり、ちょこちょこと。最近では、アカデミー賞短編映画賞を受賞したNetflixドラマの『隔たる二人の世界』と、ディズニーの『ソウルフル・ワールド』がめちゃくちゃ良かったです。
————本や映画からのインプットが多いんですか?
小杉さん いや、それに限らずいろいろですね。ひとつ大事にしているのは、ちゃんと体験すること。検索すればすぐに情報が得られて「知ったふり」ができる時代ですけど、そうやって得た知識は浅いしすぐにバレます。
いい例えかわかりませんが、よく仕事で切羽詰まっているときに「あー芝生に寝っ転がってのんびりしたい!」なんて言いますよね。でも、実際に寝っ転がってみると、めっちゃチクチクするし、くつろげない(笑)。イメージとリアルの間には、大きなギャップがあるんです。
ちゃんとリアルを体験して、自分のフィルターを通さないと、いい表現やアイデアや絶対に生まれないと思っています。
————たとえばどんな体験をしていますか?
小杉さん 体験してないものはとりあえずなんでもやろうとしますね。最近では、寿司教室に通ったり。あと、学生の頃からキャンプが好きで、コロナ前はよく行ってました。
————以前、築地玉寿司の広告を制作されていましたよね。寿司教室に通ったのはそれがきっかけですか?
小杉さん いえ、それは全く関係なく。仕事に合わせて何かしようとすると大抵失敗しますから(笑)。
ちょっと話が逸れるけど、佐藤卓さんの「デザインあ」ってありますよね。あれって、あいうえおの「あ」じゃなくて、気づきやひらめきの「あ」なんです。
デザインって、基本的には組み合わせです。完全に0から何かを生む出すことってめったにない。「あ、これとこれ一緒にできるぞ」「あ、これにこの要素を加えたら面白いかも」と、これまでにない組み合わせをすることでおもしろいものができる。そうした「あ」を増やすためには、自分のなかにいろんな情報を持っておかないといけません。だから、なんでも体験することを大事にしています。
————いま、ワンオペでインプットの時間がいつもより限られていると思うんですが、これまでの蓄積でやっていけているのでしょうか?
小杉さん うーん、どうだろう……。でも、学生の頃、この業界の先輩が「クライアントに答えがある」と言っているのを聞いて、当時はピンと来なかったけど、いまはなんとなくわかるんですよ。答えはクライアントにあるから、自分の中の何かが枯渇するということはないんです。相手からひとつでも何か引き出せたらそれを元にして組み立てていけるので、臆さずにいろいろ質問できるようになりましたね。
忙しくても、仕事が来た瞬間にまずちょっとだけ手をつけることで、その後の時間が活きてくる
————デザインを効率よく進めるためのコツはありますか?
小杉さん 最初からパソコンで描かないこと、かな。手描きだと微妙なデザインでも、パソコンで描くとなんとなくかっこよく見えちゃうんですよ。それをプリントアウトすると、さらによく見えてしまう。でも、それって勘違いなんです。だから、まず手描きで良し悪しを判断して、そこからパソコン作業に入るようにしています。
あと、打ち合わせでデザインを見せたときに、クライアントが一瞬でも「んー」といったピンと来てなさそうな反応をしたら、その場でぱぱっと直して方向性を確認します。その方が早いですから。クライアントにはプロセスを見せないのが常識とされているけど、僕はあまりこだわりがないんです。見せたほうが早ければ見せちゃいますね。
————小杉さんのようなアートディレクターに憧れている人に、時間の使い方をアドバイスするとしたら何と言いますか?
小杉さん 冒頭の話につながるけど、時間の使い方は仕事のアウトプットに全部影響してきます。時間の使い方が下手だとデザインも絶対上手くならないから、そこを意識するといいと思います。
————どうすれば時間の使い方が上手くなりますか?
小杉さん 時間を区切ることかな。デザイナーって、時間を決めないと延々「こっちのほうがいいかもしれない」と考えちゃうんですよね。ときどき、土曜日1日使ってロゴデザインしようとすると、可能性が広がりすぎちゃって怖くなります。止まらなくなってしまう。「この時間に終える」と決めることで時間が凝縮されて、考えがまとまりやすくなると思います。あと、佐野さんに教えてもらって、いまも実践していることがあります。
————めちゃくちゃ気になります!
小杉さん 左側の丸がオリエンで、右側の丸がプレゼンだとしますよね。小学生の夏休みの宿題みたいに、プレゼン前にわーっとやる人も多いと思いますが、佐野さんはまずここ、オリエンの後すぐに一度手をつけるんです。そして、プレゼン間際にまた時間をつくって仕上げる。
小杉さん そうすると、そのあいだに経験したことが全部糧になるんです。ほかの仕事をしていても、なんでもない生活を送っていても、意識はつながっているから、「あ」とひらめく機会が増える。
————締め切りがあると、つい後回しにしちゃいますね……。
小杉さん そうですよね。だけど最初に手をつけておかないと、そういうひらめきに出会う機会を逃してしまうんですよ。どんなに忙しくても、腰が重くても、来た瞬間にちょっとだけ手をつけることで、その後がぐっと楽になりますよ。何もしていないように見える時間が活きてくる。まさにスケジュールのデザインですよね。これは本当にすばらしいな、教わってよかったな、といまでも思っています。
————最後に、小杉さんの時間との向き合い方を一言であらわしていただけますか?
小杉さん それはもう、「デザイン」、このひと言につきますね。
————すごい、美しくまとまりましたね。小杉さん、今日はありがとうございました!
小杉さん こちらこそ、ありがとうございました!
小杉幸一(こすぎこういち)
1980年神奈川県生まれ。2004年に武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、株式会社博報堂に入社。2019年に独立し、株式会社onehappy_を設立。企業、商品のブランディングのために、デザイン思考をベースに、クリエイティブディレクション、アートディレクションを行う。
撮影/武石早代 取材・文/飛田恵美子