【ヒトとトキ#07】popIn代表・程 涛さん「魔法のようなプロダクトの創造には、家族とのリラックスタイムが不可欠です」

世界初の照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」を開発し、注目を集める「popIn」。2008年に東大発のベンチャーとして起業し、「ネイティブ広告」と「READ」といったウェブにおけるサービスで急成長を遂げ、2015年に大手「Baidu Japan」と経営統合。テクノロジーを駆使したアイデアを次々生み出すpopIn社長の程 涛(てい とう)さんに、時間の使い方やアイデアの生み出し方について聞きました。

未知のことを追求し、その可能性を広げることがおもしろいんです

 

ーーpopInはソフトウェアだけでなくハードウェアの開発もされていますが、主な事業内容について教えてください。

程 涛さん(以下、程さん) WEBにおけるレコメンド技術を主軸に、展開しているプロダクトが4つあります。1つは、特許技術の「READ」機能により読まれる記事をレコメンドする「popIn Discovery」。他に、ECサイト向けのレコメンドサービス「popIn Action」と、音声プラットフォーム「popIn Wave」。さらに、2017年には照明一体型プロジェクター「popIn Aladdin」を開発しました。いまの情報社会では、相当なリテラシーがないと自分に合う情報を見つけるのは大変です。そこで、popInのレコメンド技術をさまざまな場面でお役に立てるよう、こういったプロダクトを提供しています。

ーー従業員は何人ですか?

程さん 台湾オフィスと韓国支社も合わせて約60人です。ほかに、Baiduの支社がある中国・深センに2030人のエンジニアによる開発チームもあります。

ーー程さんは主にどの事業に注力しているのですか?

程さん いまは「popIn Aladdin」に関する事業に99%の時間を使っています。僕が最も得意とするのはプロダクト作りなので、広告事業はほかの社員に任せています。「popIn Aladdin」はまだ未知のことが多く、その可能性を開拓するのが楽しいですね。

 

 

ーーpopIn Aladdinは世界初の照明一体型プロジェクターですが、その仕組みについて教えてください!

程さん 一般的な家やオフィスの天井には、照明器具を取り付つけるための「引掛シーリング」と呼ばれる電源ソケットがあるのですが、popIn Aladdinはこれに接続して使うことができます。プロジェクター、Bluetoothスピーカー、シーリングライトが1つになっていて、それぞれ単体でも使うことができます。引掛シーリングは日本独自の発明で、海外でシーリングライトを取り付ける場合は工事をしなければならないため、現在は上位モデルのpopIn Aladdin2popIn Aladdin SEを国内のみで販売しています。

ーー設置は簡単なんですか?

程さん はい。いまついている照明器具を取り外して、popIn Aladdinをつけるだけなので5分ほどでできますよ。大型の液晶テレビは2人がかりで設置し、転倒防止のための固定や配線が必要ですが、そういった手間はかかりません。

アプリやハードウェアの開発は子どもと妻の感想を重要視します

 

ーーpopIn Aladdinはどうやって思いついたのでしょう?

程さん  2015年にBaidu Japanと経営統合して、海外展開を果たし、Baidu AI技術や一流のエンジニアを使ったソフトウェア開発、自分の特許技術を中国メディアに導入するといった、やりたかったことをすべて達成できました。次の展開をどうしようか考えていたとき、スマートスピーカーの『Alexa』が普及。IoT への興味がさらに高まり、思いつきました。僕には現在8歳と6歳と4歳の3人の子どもがいるのですが、当時からYouTubeの子ども向けコンテンツなどを見せていました。ただ、ずっと付き添っていないと、端末で何を見ているのかわからないから不安で。次々に番組がレコメンドされ、中には良くないコンテンツもありますから。また、スマホやタブレットの進化により、家族でテレビを見ながら団らんするといった機会が減っているとも感じました。それで週末に遊び感覚で、家族一緒にコンテンツを楽しめる方法について考えていたんです。

ーー「家族のために」が開発の原点なんですね。

程さん 家に子どもの教育用にひらがなのポスターと世界地図が壁に貼っていたのですが、それらを見てプロジェクターという発想が生まれました。ポスターや地図は情報として壁にずっとあるけど、見たいときだけ見ればいいという点が良いと思ったんです。それで、壁に大画面のコンテンツを投影するプロジェクターを作りたい!と。まずは、家電量販店で市販のプロジェクターを8台買って、家のあちこちに設置したのですが、妻にめちゃくちゃ怒られました(笑)。でもこういうリアクションって、プロダクト開発にはとても大事。主婦に納得してもらわないと、商品化は成立しないですから。

ーー従来のプロジェクターには、他にも不満があったのですか?

程さん 僕は終日壁に投影したかったのですが、電源を入れたままだと、コードが生活動線の邪魔になる。また、光源が強く、子どもが好奇心から近寄ると危険でした。プロジェクターを安全につけっぱなしにする方法はないかと考えていたとき、天井のシーリングライトが目には入ったんです。社内で調べたら、「引掛シーリング」の耐荷重は5kgだからプロジェクターを取りつけられる。半年ほどで市販品のパーツで試作品を製作。自宅で使ってみると、子どもだけでなく、大人が映画やYouTubeを見るのにもめっちゃいい、これは商品化できると確信しました。妻や子ども、私の母まで喜んでくれて。3歳から60歳まで検証した結果が良いから、売れるのではないかと思いました。

ーー商品開発の際、ご家族の反応や感想を大事にしていらっしゃるんですね。

程さん 開発中のアプリもすべて家族にテストをお願いし、知識や経験の少ない子どもでも使えるかどうかを試します。家族の感想が開発をするうえで非常に重要になるんです。

本やアプリで情報をインプットしないと、良いアイデアは生まれません

 

ーータイムスケジュール表を用意したので、1日のスケジュールを書いていただけますか?

程さん 朝7時に起きてから朝食をとって、2時間くらい仕事の事前準備をします。内容はその日のスケジュールによって違いますが、プレゼンのための資料作りをすることが多いですね。出社すると毎日会議が7つくらいあって、瞬時に判断を迫られる場面が多いので、事前に必要な情報をインプットしておきます。判断をするときは、単純にイエスかノーかを言うだけではなく、理由も伝えることが大事。ちゃんと理由づけしないと人は納得しませんので。そこは気をつけていますね。

 

 

ーー出社後は、ほとんど会議と社内処理なんですね。

程さん 会議は親会社も含めた社内が8割、社外が2割です。あとは社内申請やお金に関する処理などの業務に追われています。

ーーいまはご自身でプログラミングを組むことはないのでしょうか?

程さん そうですね。ただ、プログラミングとは言えないような簡単な作業をすることはあります。たとえば、ホームページ上の表現を30分くらいで直したり。人に説明して頼むより自分がやったほうが早いと思ったらやってしまいますね。まあ、単純にホームページやインターネットというものが好きなんです(笑)。少し触るだけで、「あ、変わった!」となるのがおもしろいんですよね。

 

 

ーー根っからの職人ですね。帰宅後の21時から24時まではオフですか?

程さん いえ、帰宅後も休日も、いつもどこかで仕事のことを考えています。26歳で起業してからいままでずっとですね。社長って1人きりで考えなければいけないことが多いんです。日中は会議や承認などの業務がつまっていて、新しいアプリのアイデアを考える時間がない。だから、休みのときリラックスしていると、思いつくことが多いですね。YouTubeを見たり、Facebookをチェックしたり、考えを別の方向性に向けないと、新しい発想は生まれてきません。新しい情報をインプットすると、それが刺激になり、アイデアを生むことができる。本は週末に1冊は読んでいます。Kindleで経営やマーケティング、技術、アイデアに関する本をかなりのスピードで読みます。時間がないときは、目次を見て興味のあるところだけ読んだり。

ーー日本や中国で話題になっているアプリやデバイスはチェックしますか?

程さん はい。家を丸ごとIoT化するほどではありませんが、照明のオンオフやドアの開閉など、利用頻度の高いものの効率化は求めます。いまは自分で作るよりも市販のものを買って、どこまで効率を上げられるかを検証しています。

ーー週間スケジュールも書いていただけますか?

程さん 平日はほとんど毎日同じで、週末は家族サービスをしています。最近は遠出ができないので、子どもと歩いて近くの遊園地に行くことが多いですね。あと最近ハマっているのが「バス旅」。路線バスに乗って、降りたこともない適当なバス停で降りて散策するんです。テレビ番組でやってるのをちょっと真似してみました。土日くらいは奥さんが休めるといいなと思って、僕と子どもたちで行くことが多いですね。ただ、3人のうち1人がバスで寝てしまうと、抱っこしないといけないので大変ですが(笑)。

 

時間は命と同じくらい大事。1分たりとも無駄にしません

ーー程さんは日本で起業され、現在は中国を中心とした海外展開もされていますが、日本で起業することのメリット・デメリットを教えていただけますか?

程さん リスクマネー()は少ないですが、その分競争も少ない。起業の成功率が極めて高いと思います。マザーズの上場が世界一しやすいのではないでしょうか。ビジネスにおいて何を見て成功とするかは一概には言えませんが、努力した分、一定のリターンが得られるのが日本の市場ではないかと思います。それに、市場がとてもフェア。僕はそこが一番好きですね。経営統合する以前に、あらゆる大手新聞社やウェブメディアなどの報道機関に営業したのですが、僕が中国人であることで不利益をこうむることは一切ありませんでしたから。

ーー起業当初から、上場ではなくM&Aを志望されていたそうですね。いま、会社を売却して良かったと感じるのはどんなことですか?

程さん 自分の会社を上場させてもできなかったであろう、多くのことを実現できました。経営統合してからのこの5年はとても充実しています。とくに、popIn Aladdinは、優秀な人材や資金といったBaiduのリソースを最大限使ったからこそ、つくることができた。popIn Aladdinは日本と中国の6つの都市で7つのチームが一丸となり、100億もの資金がかかったのですが、私1人では多くの人も大金も動かすことはできないですから。

ただ、大企業の承認の煩雑さ、それによる時間のロスは想定以上でした。経営統合によりやめたメンバーもいますが、自ら起業して、お互い応援し合う関係性を築いています。経営統合でルールやメンバーが変わること、僕はそのすべてのフェーズが良いことだと捉えています。最終的に失うものと得るものが何なのかは誰にもわからないですから、いまは得るものが多くなるよう最善を尽くしています。

ーーそれでは、程さんのような起業家を目指す方にメッセージをお願いします!

程さん 起業に必要なのは、IQよりもAQだと思っています。AQとは逆境指数のこと。さまざまな逆境に耐えられる力を鍛えてほしいですね。いま、自分はラッキーな状況だと思いますが、それは、二度の受験失敗や資金ショート、開発や営業の試行錯誤といった数々の苦難に耐え続けたからこそ、起こせたことなんです。苦しい時期があっても、将来への希望を捨てずにがんばって耐え抜いてください。

ーー最後に、程さんにとって時間とは?

程さん とても貴重な、命と同等のものだと思います。理論上、時間は通貨のように何にでも引き換えることができる。だから、数分たりとも無駄にせず、めちゃくちゃ大事にしています。

 

Profile

程 涛(てい とう)

1982年中国・河南省生まれ。高校卒業後、18歳で日本に留学。東京工業大学卒。東京大学大学院情報理工学系研究科創造情報学専攻、修士課程修了。大学院在学中に、大企業の技術者がメンターとなって創造的技術者を育成するプログラム「実践工房」を通して、「ポップイン」という新しいサービスを発明し、特許を取得。2008年、東大のベンチャー向け投資ファンド「東京大学エッジキャピタル(UTEC)」の制度を利用して、popInを創業し、「ネイティブ広告」「READ」の2つのサービスを開発。2015年、中国の検索エンジン大手「百度(バイドゥ)」の日本法人バイドゥ株式会社と経営統合。2017年、プロジェクター、Bluetoothスピーカー、シーリングライトを一体化した「popIn Aladdin」を開発。20205月には「popIn Aladdin 2」を発表し、シリーズ累計販売台数10万台を突破。

popIn:https://www.popin.cc/

※エンゼル投資家やベンチャーキャピタルなどが、ベンチャー企業に対して、回収不能になるリスクを負って出資する資金(デジタル大辞泉より)

撮影/武石早代
取材・文/川端美穂(きいろ舎)