【ヒトとトキ#06】NOSIGNER・太刀川英輔さん「1+1が2以上の力を発揮するような時間の使い方をする」

デザイン事務所「NOSIGNER」の代表として社会にインパクトを与える作品を次々生み出しながら、公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)の理事長やグッドデザイン賞の審査員、慶應義塾大学大学院特別招聘准教授も務める太刀川英輔さん。2021年4月に発売となった著書『進化思考——生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海土の風)は発売1週間で3刷3万部を達成し、注目を集めています。

第一線で活躍するクリエイターや起業家に、仕事&時間術を教えてもらう企画「ヒトとトキ」。今回はいくつもの仕事を並行して進める太刀川さんに、どうやって時間をやりくりしているのかを聞きました。

歴史が変わるようないいアイデアが出た瞬間が最高

A4サイズのクリアファイルから簡単につくれるフェイスシールド「PANDAID FACE SHIELD」の開発や、吸引デバイス「ston」のトータルディレクション、「東京備食」の製作、「NOSIGNER」のオフィスの設計など、太刀川さんの仕事は多岐にわたる

 

――現在のお仕事の内容を教えてください。

太刀川英輔さん(以下、太刀川さん) NOSIGNER(ノザイナー)というデザイン事務所の代表をしています。この事務所においての僕の仕事はですね、えーと、プロダクトデザイナーとグラフィックデザイナーとウェブデザイナーと建築家とコピーライターとストラテジストですね。それらのスキルを使ってブランドのアートディレクターやプロジェクトのクリエイティブディレクター、企業のCDOや行政の政策づくりのお手伝いなどもしています。

最近、日本で最も歴史あるデザイン団体、JIDA(日本インダストリアルデザイン協会)の理事長にもなりましたので、公益財団法人の経営者という肩書きもあります。後は慶応で非常勤の准教授をしていたり、キリロム工科大学というカンボジアの大学の理事とかもしていますね。うーむ、なんか肩書きばっかなのはよくないですね(笑)。まぁ、広い意味ではデザインをしてます。

――幅広いご活躍ですね。

太刀川さん いえいえ、とんでもないです。僕自身の探求としては、たくさんの人をクリエイティブにするために教育をアップデートしたいと思っていて、創造性教育を生物進化の観点で探求する「進化思考」を企業や大学で教えています。

――そんな太刀川さんが、お仕事をされる中でやりがいを感じるのはどんなときですか?

太刀川さん 美しくて歴史が変わりそうな、めちゃくちゃいいアイデアが出たときですかね。自分でつくったという感覚を超えて、「すごいものの出現に立ち会ってしまった……」みたいなアイデアが出る瞬間が最高です。

――かっこいいですね。反対に、「これは壁だ」「しんどい」と思うことってありますか?

太刀川さん 最近はあんまりないけど……、なんだろう。たとえば、時間足りなすぎるとか、相手にいいものを作る気がないのは壁ですかね。プロジェクトのポテンシャルを発揮できない不自然な理由などがあったりして、いいものにならなそうなときはストレスになります。

あと、やっぱりしんどいことがあるときって、誰しも人間関係じゃないですかね。相手が責任転嫁や嘘をついていたり、そもそも話を聞こうとしていないときは、さすがにしんどいなって思ったりします。人も状況も素直が一番ですよね。

――本当にそう思います。ちなみにそういうときは、どうやって乗り越えてきたんですか?

太刀川さん 変な人は一定確率でいるので仕方ないこともあるけど、問題が起こるときって、だいたい自分もブレてることもあるんですよね。そんなときは自分がなぜこの仕事やプロジェクトをやっているのか、その原点にある目的を再確認すること。目的のあり方がよければ、共感できる仲間は必ずいるはず。志を同じくするクライアントや仲間に感謝と愛情を持ちつつ一緒にプロジェクトをすれば、一時状況が崩れたとしても好転すると思います。

頭を使わなくてもできる仕事は、「ながら」で進める

 

———そんな太刀川さんの「ある日の1日」を書いてもらえますか?

太刀川さん ミーティングだらけですけど、何かユニークなことあるかなぁ……。まず、朝は7時に起きます。そこから10時頃までは、ごはんを食べたり1歳の息子をあやしたりする家族時間。でも、その間ずっとパラレルにディレクションもしています。文章を書くといった頭を使う仕事はできないけど、頭を使わなくてもできる仕事はありますから。『いないいないばぁっ!』(NHK Eテレ)を見ながら、片手にスマホを持ってスタッフのコメントに「いいね」を押したり、デザインをチェックしたり。

 

 

昼食のときもそうですし、クリックしたら十数秒待たされるような操作性の良くないサイトを使わないといけないようなときも、その待ち時間を使ってディレクションをしています。「ながら」でできることは積極的に「ながら」でやる、というのが僕の時間の使い方の特徴かもしれません。

———ミーティングがやっぱり多いですね。

太刀川さん 123本はあるかな。いまはオンラインでやることが多いですけどね。ミーティングのときはさすがにディレクションはしていません(笑)。逆に言うと、それ以外の時間はずっとディレクションをしています。自由に使える時間とそうじゃない時間が交互にやってくる感じです。週間スケジュールに、人と会っている時間を書き出してみるとこうですね。

 

斜線部分がオンライン・オフライン含めて、太刀川さんが人と対話している時間

 

ちなみに、最近オフィスを移転して、通勤時間が30秒になりました。以前も徒歩5分の距離だったけど、移動にかかる時間がほぼゼロになったのは大きいです。

————スケジュール管理やタスク管理のツールは何を使っていますか? 

太刀川さん スケジュール管理はGoogle カレンダー、タスク管理はAsanaを使っています。Asanaはプロジェクトごとにコミュニケーションができるから、「あのプロジェクトのこの件で〜」といった文脈の説明が省けるんです。外部の人とのコラボやアサインもできるし、タスクを忘れることもない。コミュニケーションコストを下げられるので気に入っています。

出張や調べもののついでに、家族旅行も

 

———インプットの時間はどう確保していますか? 

太刀川さん ディレクションの合間にちょこちょこと。仕事のためのリサーチだったり、今度対談する方の記事を読んだり、次に出す本のために関連書籍を調べたりすることがインプットになっています。趣味と実益が兼ねられているので、ありがたいですね。

————1日の中で「必ずこれはやる」と決まっている時間はありますか? 

太刀川さん 21時から22時は必ず息子を風呂に入れて寝かしつける時間にしています。家族タイムはなるべく捻出するようにしていますね。家で仕事をすることも多いから、同時に子どもと一緒に過ごすこともできるんです。

————「クライアントと家族とでご飯」と書かれていますが、これは? 

太刀川さん クライアントとも打ち合わせがてらご飯を食べたいし、家族ともご飯を食べたいので、一緒にしちゃえ、と(笑)。奥さんがNOSIGNERCOOだからというのもあるけど、そういうことができる距離感のクライアントが多いんです。もちろん毎日ではなく、大体は家で作って食べています。

————土日はリラックスする時間ですか? 

太刀川さん 土日も働いていますね。仕事が楽しいので、リラックスタイムはそんなに必要ないかな。横浜は景色がいいから、家族と近所を散歩したりすることも息抜きになっています。

 

 

————家族で旅行に行ったりすることは? 

太刀川さん ありますよ。でも、出張のついでに足を伸ばしたり、ワーケーション的にそっちで仕事をしたり、という感じですね。「いま調べているこれを見に行きたい」みたいなことにもつきあってもらえるからありがたいです。

————奥さまから「働きすぎ」と言われませんか?

太刀川さん うーん、彼女もデザイナーですからね。台湾のインダストリアルデザイン学校出身なんですが、生徒の3分の1しか卒業できない厳しい環境で首席だった人だから、めちゃくちゃタフなんですよ。「社会にいいデザインがもっと必要だ」というNOSIGNERの理念に共感して入ってくれたこともあって、僕よりも会社のことを考えてくれている気がします。

仕事で関わる範囲よりももう少し踏み込んで楽しむことで、ディレクションができる人になる

 

————太刀川さんのような仕事がしたいと思っている人向けて、アドバイスをお願いします。

太刀川さん 一石二鳥を狙うことをおすすめしたいです。僕はいつも、「楽しいし役に立つ」「役に立つから楽しい」という状態になることを目指しています。

たとえばお茶屋さんのブランディングの仕事が来たら、煎茶を色々飲んで「知覧はこんな感じか、八女はどうだろう」と探究していく。それって、コーヒーにハマって飲み比べするのと変わらないですよね。文具デザインの依頼を受けたら身の回りの文具にめちゃくちゃ凝ってみるし、コンビニ菓子の開発を相談されたら他社のものも含めて片っ端から食べてみる。依頼された範囲よりももう少し踏み込んで楽んでみると、業界全体を俯瞰して見られるようになります。

だから、ワーク・ライフ・バランスという概念はあまり好きではないんです。いかにバランスを取るかではなくて、いかにライフをワークに、ワークをライフにするかを考えたい。それも、無理なく楽しく。そうすれば人生も充実するし、仕事にも役立って、無二のポジションを取ることができる。仕事の周りにあるエッセンスを掘り下げて楽しもうとする姿勢が、人をプロにするんじゃないかな。 

————最後に、太刀川さんの時間の使い方を一言で表していただけますか?

太刀川さん 一言でいうとなんだろうな、一石二鳥が融合している感じ……「シナジー」でしょうか。1+12以上の力を発揮するような時間の使い方を大事にする。そうすると無駄が減って、本当に大事にしたいことにフォーカスできるから。

遺伝の際に起こる個体の「変異」と自然選択による「適応」を繰り返してきた生物の進化プロセスを紐解き、創造力を高めるための方法論に落とし込んだ「進化思考」

 

Profile

太刀川英輔(たちかわえいすけ)

NOSIGNER代表、進化思考家、デザインストラテジスト、JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)理事長、慶應義塾大学特別招聘准教授、キリロム工科大学理事。

創造性の仕組みを生物から学ぶ「進化思考」を提唱し、様々なセクターの中に美しい未来をつくる変革者を育て、創造性教育の更新を目指すデザイナー。デザインで美しい未来をつくること(実践:社会設計)、自然から学ぶ創造教育で変革者を育てること(理念:進化思考)を軸に活動を続けている。プロダクト、グラフィック、建築などの領域を超え、次世代エネルギー、地域活性、SDGsなどを扱う数々のプロジェクトで総合的な戦略を描き、成功に導く。グッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞ほか、100以上の国際賞を受賞。著書に『進化思考』『デザインと革新』がある。

NOSIGNERhttps://nosigner.com
『進化思考』特設サイト:https://amanokaze.jp/shinkashikou/

撮影/SHUNYA KAWAI
取材・文/飛田恵美子